「企業にとって、顧客の個人情報は大切な資産」
これまで、そんな考え方が当たり前でした。
顧客の名前、住所、電話番号、生年月日、メールアドレス。こうした情報を集めれば、顧客分析や販売促進に活用できます。
ところが今、あえて個人情報を捨てる企業が出てきています。
しかも、情報漏洩を起こした企業だけではありません。まだ漏洩が確認されていない企業まで、個人情報の保有を見直し始めているのです。
いったい何が起きているのでしょうか。
今回は、日本企業の最新事例と海外の動向を比較しながら、これからの個人情報のあり方について考えてみます。
この記事は2026年11月8日時点の公表情報をもとにしています。
情報漏洩をきっかけに、個人情報を捨てる企業が登場
2026年11月8日配信の日テレNEWS NNNで、個人情報の保有を減らす企業の取り組みが紹介されました。
特に注目したいのが、タイムズカーと焼肉きんぐの事例です。
タイムズカー:免許証画像を登録後すぐに削除
カーシェアリングサービス「タイムズカー」を運営するパーク24では、2026年9月に個人情報の漏洩が発覚しました。
報道によると、約146万件の運転免許証などの本人確認書類画像が外部へ流出したとされています。
これまで、本人確認書類の画像は会員期間中だけでなく、退会後も7年間保有していました。
しかし、今回の事件を受けて方針を変更。
保有していた画像を削除し、今後は会員登録が完了したら、本人確認書類の画像をすぐに削除する運用に切り替えました。
つまり、本人確認には使うけれど、その後は画像を持ち続けないということです。
これまで長期間保存していたものを、なぜ今まで保存する必要があったのかと見直したわけですね。
焼肉きんぐ:氏名と電話番号の登録をやめる予定
焼肉きんぐを運営する物語コーポレーションでも、2026年10月に公式アプリへの不正アクセスが発覚しました。
報道によると、1,000万件以上の会員情報が漏洩しています。
これまでアプリでは、氏名、電話番号、メールアドレスの登録が必要でした。
しかし、今後はメールアドレスだけで利用できる仕組みに変更する予定です。
変更時期は2027年上半期とされています。
もちろん、メールアドレスも個人情報になり得ます。個人情報を完全になくすわけではありません。
それでも、登録項目を減らせば、万が一の情報漏洩で流出する情報の種類を減らせます。
ここで面白いのは、システムを強化するだけでなく、そもそも保有する情報を減らすという発想です。
情報漏洩していない企業まで、個人情報を削除
さらに興味深いのは、情報漏洩が確認されていない企業も動き始めていることです。
ゆで太郎:誕生日クーポンを終了
そばチェーンの「ゆで太郎」では、会員の誕生月にクーポンを送るサービスを提供していました。
そのため、住所、氏名、電話番号、生年月日などを保有していたそうです。
ところが、2026年12月のクーポン発送を最後に、このサービスを終了することを決めました。
会員情報も、サービス終了後に削除する予定です。
自社で情報漏洩が確認されたわけではありません。
それでも、他社で相次ぐ不正アクセスを見て、個人情報を保有するリスクを減らそうと判断したのです。
誕生日クーポンは顧客に喜んでもらえるサービスでしょう。
ただ、そのために住所や生年月日などを長期間保存し続ける必要があるのか。
企業が改めて考え始めているのかもしれません。
ニコニコレンタカー:免許証画像の事前登録を廃止
ニコニコレンタカーでも、公式アプリでの運転免許証画像の事前登録を廃止しました。
これまではアプリに免許証画像を登録できましたが、今後はレンタカーを借りる当日に店舗で確認する方法へ変更しています。
事前登録がなくなれば、利用者にとって少し手間が増える可能性があります。
それでも、免許証画像を長期間保管するリスクを避ける方を選んだわけです。
ウェンディーズ・ファーストキッチン:個人情報なしで会員登録
ウェンディーズとファーストキッチンでは、公式アプリを変更し、個人情報を入力しなくても会員登録できるようになりました。
モバイルオーダーでは名前や電話番号などが必要になる場合がありますが、商品を渡した後に情報を削除する運用です。
こちらは情報漏洩への対応というだけでなく、登録時の面倒さを減らす目的もあったそうです。
個人情報を集めないことは、セキュリティ対策だけでなく、利用者の利便性にもつながるということですね。
なぜ企業は個人情報を集めてきたのか?
そもそも、なぜ企業はこれほど多くの個人情報を集めてきたのでしょうか。
理由の一つは、顧客との関係を維持するためです。
例えば、飲食店なら、
- 誕生日にクーポンを送る
- メールでキャンペーンを案内する
- 来店履歴から好みを分析する
- 顧客に合わせたサービスを提供する
といったことができます。
こうした取り組みは、顧客の再来店や売上の増加につながる可能性があります。
つまり、企業にとって個人情報は、ビジネスに役立つ資産だったわけです。
ただし、情報を集めれば集めるほど、管理しなければならないデータも増えていきます。
そして、そのデータが流出した場合、顧客への対応、調査、システムの復旧、信用の低下など、大きな負担が発生します。
ここで一つ疑問が出てきます。
個人情報を集めるメリットと、持ち続けるリスク。今はどちらが大きいのでしょうか。
海外では「必要以上に集めない」がすでに原則
この動きは、日本だけのものではありません。
海外では以前から、個人情報を必要最小限にする考え方が重視されています。
EU:データ最小化は法律上の原則
EUでは、2018年から適用されているGDPR(一般データ保護規則)で、個人情報の取り扱いについて厳しいルールが設けられています。
その一つが「データ最小化」です。
簡単に言えば、サービスを提供するために本当に必要な情報だけを取得するという考え方です。
さらに、必要がなくなった情報をいつまでも保存しないという「保存期間の制限」もあります。
例えば、商品を配送するなら住所は必要でしょう。
しかし、配送のために必要だからといって、あらゆる個人情報を無期限に保存してよいわけではありません。
欧州では、こうした考え方が法律の基本原則として定着しています。
ネット通販でも会員登録を見直す動き
ネット通販では、買い物をするために会員登録を求められることがあります。
しかし、一度だけ商品を買いたい人に、必ず会員登録が必要なのでしょうか。
欧州のデータ保護当局では、必要性のない会員登録の強制を問題視し、ゲスト購入を選べるようにする考え方が示されています。
もちろん、商品を配送するための住所や決済に必要な情報まで不要になるわけではありません。
大切なのは、サービスの提供に必要な情報と、企業がマーケティングのために集めたい情報を区別することです。
AIも「個人情報を持たない」方向へ?
もう一つ注目したいのが、AIの進化です。
AIというと、大量のデータを集めて処理するイメージがあります。
しかし、最近は個人情報をできるだけ外部に送らずに処理する技術も発達しています。
Appleは端末内でAIを処理
例えばAppleの「Apple Intelligence」では、可能な処理をiPhoneなどの端末内で実行する仕組みを採用しています。
より高度な処理が必要な場合は「Private Cloud Compute」という専用のクラウド環境を利用します。
Appleの公式技術資料では、このクラウドに送られた個人データは、要求された処理のために使用し、応答後に保持しない設計だと説明されています。
つまり、便利なAIサービスを提供するために、すべての個人情報をサーバーに蓄積し続ける必要はないということです。
もちろん、これはAppleの特定のAI処理に関する設計であり、Appleのすべてのサービスが個人情報を保存しないという意味ではありません。
それでも、今後のAIサービスを考えるうえで、興味深い方向性だと思います。
個人情報を持たないことのメリットとデメリット
では、企業が個人情報の保有を減らすことには、どんなメリットがあるのでしょうか。
メリット
1. 情報漏洩時の被害を小さくできる
保有していない情報は、その企業の保管システムから流出することもありません。
2. 管理コストを減らせる
個人情報を保管するには、アクセス制御、暗号化、バックアップ、監査など、さまざまな管理が必要です。
データが減れば、その負担を軽減できる可能性があります。
3. 利用者の安心感につながる
必要以上の情報を求めない企業なら、安心して利用できると感じる人もいるでしょう。
4. 会員登録の手間を減らせる
登録項目が少なければ、サービスを使い始めるまでの負担も小さくなります。
デメリットや課題
一方で、すべての個人情報をなくせばよいわけではありません。
顧客の好みに合わせたサービスが提供しにくくなることもあります。
また、本人確認や法令上の保存義務がある場合は、必要な情報を一定期間保管しなければなりません。
情報を削除したとしても、すでに流出した情報を取り戻せるわけではありません。
そして、外部のサービスに情報管理を任せた場合も、委託先で漏洩が発生する可能性があります。
つまり、重要なのは個人情報を一切持たないことではなく、必要な情報を、必要な期間だけ、安全に扱うことです。
これからの企業は「データを持たないこと」が競争力になる?
これまで、企業はできるだけ多くの顧客データを集めようとしてきました。
顧客を知ることが、売上を伸ばすための武器になるからです。
しかし、情報漏洩が相次ぐ現在、顧客情報を大量に持つこと自体がリスクになっています。
これからは、顧客データを大量に保有する企業よりも、必要な情報だけで便利なサービスを提供できる企業が評価されるようになるかもしれません。
例えば、会員登録なしで買い物ができるサービス。
本人確認が終わったら、画像をすぐに削除する仕組み。
個人情報をサーバーに送らず、スマートフォンの中で処理するAI。
こうした仕組みは、今後のビジネスにとって一つの強みになりそうです。
ただし、今回確認できたのは個別企業の取り組みです。企業全体で個人情報の保有量が減っていると断言できる統計があるわけではありません。
それでも、情報を集めることだけが企業の強みではなくなりつつある点は、注目したいところです。
私たちも、個人情報の登録を見直してみよう
企業の取り組みだけでなく、私たち利用者にもできることがあります。
例えば、新しいアプリやサービスに登録するとき。
住所、生年月日、電話番号など、いろいろな情報の入力を求められることがあります。
でも、そのサービスを利用するために、本当にすべての情報が必要なのでしょうか。
もちろん、本人確認や商品の配送など、正当な理由で必要になる情報もあります。
ただ、必須ではない項目なら入力しないという選択もできます。
使わなくなったサービスのアカウントを整理することも、個人情報を預ける先を減らす方法の一つです。
一度登録した個人情報は、自分でもどこに預けたのか忘れてしまいがちです。
だからこそ、新しく登録するときに少し考えてみることが大切なのかもしれません。
まとめ:個人情報は企業の資産か、それとも負債か?
タイムズカー、焼肉きんぐ、ゆで太郎など、個人情報の保有を見直す企業が出てきています。
その背景には、相次ぐ情報漏洩と、個人情報を持ち続けることへのリスク意識があります。
一方、EUでは必要最小限のデータしか集めないことが、すでに法律上の原則になっています。
AIの世界でも、端末内で処理したり、処理後にデータを残さなかったりする技術が発達しています。
これまで企業にとって、個人情報は売上につながる大切な資産でした。
でも今は、管理費用や情報漏洩リスクを抱える存在でもあります。
個人情報は企業の資産なのか、それとも負債なのか。
これからは「どれだけ多くの情報を集めるか」ではなく、「どれだけ少ない情報で、便利なサービスを提供できるか」が重要になるのかもしれません。
そして私たちも、会員登録するときに一度考えてみたいですね。
その個人情報、本当に預ける必要があるのでしょうか?
